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【バロック美術】の特徴とは?画家や作品達を紹介!独自の芸術を生んだ【オランダ編】

【バロック美術】の特徴とは?画家や作品達を紹介!独自の芸術を生んだ【オランダ編】



mars
どうもこんにちはマルスです。
17世紀全般の美術を「バロック」と呼ぶのですが、このヨーロッパ全域に広がるバロック美術でも、今のオランダにあたるネーデルラント地域では、諸外国とは違った独自の芸術が生まれます。
オランダは1581年に独立し、貿易で巨万の富を得て商業立国となります。
こうして今までの中央集権国家とは異なり、市民階級が中心となり、この時代としては珍しい社会となります。
そうした社会背景のため、いままでは教会や支配階級に独占されていた美術が、市民のための美術へと変わっていきます。
今回はこのような独自の道を歩んだ、オランダバロック美術や、この時代に活躍した画家などについて、分かりやすく簡単に説明していきたいと思います。
バロック美術(伊・仏・西)編が気になる方は、こちらの記事を読んでください。
その前の時代の美術が気になる人は、この記事を読んでね。

この時代どのような絵画があったのか?画家やその作品たち!

【写実性が発達!肖像画】

当時のオランダでは市民団体の活動が盛んに行われました。
色々な職業組合や市民隊、慈善団体などそれらの一員になって活動することが誇り高いとされていたため、彼らはその様子を絵に残しました。
その絵は活動拠点の事務所などに飾られました。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン

作者 レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン
作品 「テュルプ博士の解剖学講義」
製作年 1632年
所蔵 マウリッツハイス美術館、ハーグ(オランダ)
上の絵は解剖学講師、テュルプ博士の講義の一場面を描いた作品で、アムステルダムの外科医師組合の集団肖像画ですね。
この集団肖像画の人々は自分達でお金を払って描いてもらっているため、自分と似ていないと不満がおこり、画家達は文句を受けることになります。
そのため当時のオランダでは、写実性が重要視されました。
ちなみに描かれ方は、支払った金額で決まっていたようです。

フェルディナント・ボル

作者 フェルディナント・ボル
作品名 「ワイン商人のギルド」
製作年 17世紀半ば
所蔵 アルテ・ピナコテーク、ミュンヘン
この上の絵はその題名の通り、ワイン商人の組合の集団肖像画で、市民団体としての活動を記念に描かれました。

【庶民に人気!風景画の成立】

いままでは宗教画の背景でしかなかったものが、純粋に風景だけで独立するようになったのは、17世紀のオランダが始まりでした。
当時のパトロンの多くは商人で、家の壁に飾る絵は神々の重々しい雰囲気よりも、風景などのナチュラルなものが好まれ、風景画が誕生しました。

ヤコプ・ファン・ロイスターズ

作者 ヤコプ・ファン・ロイスターズ
作品名 「ワイク・バイ・ドゥールステーデの風車」
製作年 1668〜70年頃
所蔵 国立美術館、アムステルダム
上の絵は、17世紀オランダの風景画家を代表する巨匠ロイスターズの作品で、オランダの富のシンボルである風車が大きく描かれ、空と雲の重圧感が特徴ですね。
オランダの風景画には、船もよく描かれ、当時のオランダでは大航海時代によって膨大な富を得ており、それによって船や風車がよく描かれました。
しかしこのようなオランダを象徴するようなものを一切気にせづ、ありのままの風景を描き続けた「ホッベマ」のような画家もいました。

マインデルト・ホッベマ

作者 マインデルト・ホッベマ
作品名 「ミッデルハルニスの並木道」
製作年 1689年
所蔵 ナショナル・ギャラリー、ロンドン
ホッベマは静かな森や田園風景など何気ない風景をただ描き続け、その絵には秘めた制作意図の影すらない。
純粋な美しさを感じさせる風景画ですね。

【静物画とヴァニタス】

風景画と同じように家の壁に飾る役割を果たしていた静物画ですが、とくに「ヴァニタス」を描かれることが多かったようです。
ヴァニタスとは、ラテン語で「はかなさ」や「虚しさ」を表す語で、人の寿命や名声、権力、肉体美など現世で得られる幸せは、短くもろい存在であると説く言葉です。
ヴァニタスを表すモチーフとしては、ドクロや腐った果物や植物、欠けたグラスなどがあります。

ピーテル・クラース

作者 ピーテル・クラース
作品名 「ヴァニタス」
製作年 1630年
所蔵 マウリッツハイス絵画館、ハーグ(オランダ)
この上の絵画面手前に描かれているのは、蓋の開いた懐中時計で、それまでは砂時計がモチーフとして描かれる事が多かったのですが17世紀のオランダではすでに懐中時計が庶民に出回っていたのですね。
時計を描くのは、人生の時の短さを表すモチーフとされ、それと同じで頭蓋骨もよく描かれ、このようなモチーフは当時流行しました。

フランシスコ・デ・スルバラン

作者 フランシスコ・デ・スルバラン
作品名 「レモン、オレンジ、バラのある静物(ボデゴン)」
製作年 1633年
所蔵 ノートン・サイモン美術館、パサディナ(アメリカ)
上の絵は、宗教的な意味合いもなく、何かを伝えるといった意図もないただ飾られるためだけに描かれました。
自宅の部屋の彩りのための絵で、現代の感覚に近いのではないでしょうか。
強い明暗によって、手前にある果物や盃が強調されますね。

【風俗画のフェルメール】

フェルメールはプロテスタントで、聖書だけが唯一の神の教えだと信じていました。
聖書では偶像崇拝を禁止されているので、フェルメールはキリスト教をテーマにした絵は描けませんでした。
そのため彼は風俗画を中心に活動していきます。
作者 ヨハネス・フェルメール
作品名 「真珠の耳飾りの少女」
製作年 1665年?
所蔵 マウリッツハイス美術館、デン・ハーグ(オランダ)
上の絵を見た事がある方も多いのではないでしょうか?この絵のターバンの青は「ラピスラズリ」と言う宝石を細かく砕いて絵の具に混ぜて使っています。
制作年やモデル、依頼主は不明で謎の多い作品です。
大航海時代のオランダの成功を支えたのは、操船技術に次いで地理学や天文学などの自然科学が発達していたことがありました。
彼の絵にはそんな時代を反映するような、地理学者や天文学者が描かれた作品が残されています。
この下の絵もその一つですね。
作者 ヨハネス・フェルメール
作品名 「地理学者」
製作年 1669年
所蔵 シュテーデル美術研究所、フランクフルト
左の窓から光が差し込んでいるのが特徴で、画面手前のカーテンはルネサンス時代にラファエロなどが描き始めたモチーフで、カーテンで絵画空間と鑑賞者とを仕切る役割を果たしています。
このように風俗画で、その時代の庶民の暮らしぶりがわかりますね。

【レンブラントの自画像】

作者 レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン
作品名 「夜警」
製作年 1642年
所蔵 国立美術館、アムステルダム
上の絵はレンブラントの代表作で、市民射撃隊を描いた集団肖像画で、市民たち一人一人に依頼され描かれました。
彼は、光と影を巧みに使い分け「光の魔術師」とも言われますが、この絵は影を付けすぎて、自分の顔がよく見えないとモデルたちから非難されます。
彼は集団肖像画で有名でしたが、他にも下の絵のような自画像も多く残しています。
作者 レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン
作品名 「自画像」
製作年 1665〜68年頃
所蔵 ケンウッド・ハウス、ロンドン
この時代誰の買い手もない自画像は、数枚程度しか残さないのが普通であり、彼のように63年の生涯を通じて描き続けたのは非常に珍しいですね。
彼は、様々な表情をしたり、仮装したりして描く事もあったようです。

【まとめ】

みなさんいかがでしたか?
この時代のオランダはまさに、市民階級のための絵画で、独自の美術の道を進みましたね。
風俗画や風景画、静物画に肖像画、自画像まで、もの凄い多岐にわたるジャンルの絵が活躍しましたね。
この記事がみなさんの役に立つと凄く嬉しいです。
では今日はこのへんで。

mars
またねー



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