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【聖書】聖アントニウス|悪魔の誘惑に耐えた最初の修道士
どうもこんにちは、画家のまるすです。
今回は聖人の一人、聖アントニウスの生涯を解説していくよ。
聖書の登場人物を知っておくと、絵画を見るのが楽しくなるだわさ (#´ᗜ`#)
そうだね、絵画にはよく聖書のエピソードの場面が題材として使われるからね。
聖書のあらすじが知りたい人は、この記事も読んでみてね。⤵︎ ︎
アントニウスの生涯
全てを貧しい者に与える
アントニウスは世歴251年に、エジプトのコマという町で生まれ
彼の家は裕福で、両親は敬虔なキリスト教徒だったため、彼も熱心
彼が二十歳の頃両親が亡くなり、幼い妹と二人になりました。
ある日、教会に行ったとき、アントニウスは複音書の次の言葉に衝
「 もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。 そうすれば、天に宝を持つようになろう。 そして、わたしに従ってきなさい。」(『マタイ伝』第十九章の21) 」
この言葉を聞いたアントニウスは、すぐさま両親が残してくれた土
また教会に行くと、今度は次の言葉に感銘を受けました。
「 あすのことを思いわずらうな。 あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。 一日の苦労は、その日一日だけで十分である」(『マタイ伝』第六章の34)と」
この言葉を聞いたアントニウスは、すぐさま妹と二人分残していた
全てを与えて、自分は苦行するなんてすごすぎだわさ ( ºロº)
作者 グリュネバルト
作品名 「聖アントニウス」(イーゼンハイム祭壇画より部分)
製作年 1512~16年
所蔵 ウンターリンデン美術館 コルマール
悪魔たちのいやがらせ
アントニウスのところに悪魔たちがやってきて、様々な嫌がらせを
殴ったり、引きずり回し、踏みつけたり、そんな悪魔たちの嫌がら
作者 グリュネバルト
作品名「聖アントニウスの誘惑」(イーゼンハイム祭壇画より部分
製作年 1512~16年
所蔵 ウンターリンデン美術館 コルマール
アントニウス痛そうだわさ、かわいそう
美女たちの誘惑
ほかにも美女(悪魔)たちが食事を誘いに来たり、一緒に水浴びを
作者 パティニール
作品名 「聖アントニウスの誘惑」
製作年 1520~24年
所蔵 プラド美術館 マドリード
うらやましい。
・・・ (--;)
彼はそんな悪魔たちの誘惑にも屈せず、悪魔たちを退けました。
そして、たくさんの弟子を育て、修道院制度を創り「修道士の父」
聖アントニウスの絵画作品
作者 ショーンガウアー
作品名 「聖アントニウスの誘惑」(部分)
製作年 1470~75年
作者 ヒエロニムス・ボス
作品名 「聖アントニウスの誘惑」
製作年 1501年頃
所蔵 国立古美術館 リスボン
作者 ヒエロニムス・ボス
作品名 「聖アントニウスの誘惑」
製作年 1510~15年以降
所蔵 プラド美術館 マドリード
作者 サルバドール・ダリ
作品名 「聖アントニウスの誘惑」
製作年 1946年
所蔵 ベルギー王立美術館 ベルギー
作者 ミケランジェロ・ブオナローティ
作品名 「聖アントニウスの苦痛」
製作年 1487~88年
所蔵 キンベル美術館 テキサス
まとめ:色々な悪魔たちの誘惑に耐えるという苦行をやり遂げ て、弟子たちを沢山育てた修道士の父
どうでしたか?みなさん。
色んな悪魔たちの誘惑がありましたね。
誘惑にも負けずにやりとげるなんて、アントニウススゴすぎるだわさ (◍¯∀¯◍)
財産を全て貧しい人達にあげたのも凄かったよね。
ちなみにアントニウスは105歳まで生きたんだよ。
すごっ (☉ε⊙ノ)ノ
最後まで読んでくれてありがとうございます。
また別の記事でお会いしましょう。
またね~バイバイ。
ばいならだわさ ヾ(・ω・`)バイバイ
参考文献